小沼丹『黒いハンカチ』

黒いハンカチ (創元推理文庫)

黒いハンカチ (創元推理文庫)

昭和32年4月から1年間『新婦人』という雑誌に「ある女教師の探偵記録」として掲載されたものが1冊に纏められている。1月に1作発表されていて、計12作を収録。それぞれが独立した短編探偵小説だ。
この本のよさは電車読書にぴったりなこと。たとえば、渋谷から二子玉川まで行く間に一本読み終えることができてしまう。それでいて筆致に心地よい形式があるから、読後感がとてもいい。物語のはじまりはこんな風。

その三階が彼女の気に入っていた。三階と云うが、二階建だから実際は屋根裏と云った方が正しかった。クリイム色の壁に赤い屋根を載せた二階建の建物があって、屋根の部分が、左右と中央と三箇所、三角形に隆起していた。左右の隆起は変化を持たせるための装飾らしかったが、中央の三角形は左右のそれよりも高く塔のような格好になっている。その塔の下に小さな部屋ができていた。小さな部屋、それがつまり、彼女の気に入っている三階である。

女教師はニシ・アズマという。彼女がちょっと不似合いな赤ブチのメガネをかけると名探偵に変身し、事件を解決に導いていく。

小沼丹は英文学の大学教授をする傍ら、「書きたいときだけ」小説を書いていたらしい。だからあまり作品も多くないし、長編となるとごくわずかだ。推理小説も本作以外ほとんどなく、有名なのは『椋鳥日記』や『懐中時計』(ともに講談社文芸文庫)などの短編集だろう。だが、この短編がとてつもなくウマイ。絶品ですよ。もし電車に乗る前に本屋に立ち寄る機会があったら、小沼丹の小説を買うといいかもしれない。いかに絶品かは電車に乗って読むとわかるはず。